初期の邦画撮影と上映

日本で初めて活動写真、つまり映画が撮影されたのは、1890年代後半です。邦画の元祖は、東京の街並みや文化を映したもので、初めて劇場で広く公開されたのは芸者を映したドキュメンタリーの邦画です。同じ年に、劇映画が初めて制作され、邦画俳優第一号も登場しました。実在した日本初の拳銃強盗犯を題材にした邦画の中で警官役を演じた後は、数々の邦画への出演を果たしています。なお、日本初の劇映画は、後にリメイクもされました。初期の邦画の上映を支えたのは、フランスの映画会社の技師たちでした。時期をずらして来日し、しばらく滞在したフランス人技師たちは、上映技術を伝えると同時に日本の各地で撮影を行いました。フランス人技師が不在の時期には日本人カメラマンが映画撮影を行い、現存する最古の邦画として保存されています。来日した映写技師たちが偶然にも撮影技術を持ち合わせていたお陰で、映写技術だけを持った技師が派遣された世界各地に比較すると、日本には早くから撮影技術が広まり、邦画が著しく発展することとなりました。邦画の初期の作品は、無声映画でした。しかし、上映される際には弁士と呼ばれるフィルムの語り部が登場し、映像になぞらえて音声を付ける独特なスタイルが定着しました。人気の弁士が登場する映画には客が押し掛け、人気を博しました。1900年代に入ると浅草に日本初の常設映画館が開設され、続いて大阪に2番目の映画館がオープンしました。国内の各地域とサハリン、中国にも続々と電気館と呼ばれる映画館が建設され、邦画の上映が一般的に行われるようになりました。

新着情報

関連情報


Copyright(c) 初期の邦画撮影と上映 all rights reserved.